新春初夢ツアー「一富士二鷹三茄子」

新春初夢ツアー
2023年1月21日(土)10:00~12:30
コロナ禍で2020年から中止していた「新春初夢ツアー」
を17名のお客様を迎えて、催行しました。
風は冷たいものの陽射しに恵まれ、歩いている時は
さほど寒さを感じない新春のツアーでした。

染井吉野桜記念公園出発➡木戸孝允邸跡➡駒込富士神社➡

駒込名主屋敷➡天祖神社➡鷹匠屋敷跡➡吉祥寺➡天栄寺

染井吉野桜記念公園
さあ、出発です

 

 

 

 

 

明治維新に長州藩の中心人物として活躍した、
木戸孝允(桂小五郎)の別邸があった場所に
「明治天皇行幸所木戸舊邸」の碑があります。
病気だった木戸を明治天皇が2度訪れています。
「知らなかった」という声が多く聞かれました。

都道のガードパイプ(レール)は、
緑色でモチーフはイチョウです。
文京区は文の文字です。
チョット気を付けて探してみると、
楽しいですね。

駒込富士神社です。天正元年(1573)
富士山本宮浅間大社から、
木花咲耶姫を勧請して創建されました。
駒込富士の斜面は富士山から運んだ溶岩(黒ボク)
が配されています。
急な階段です。「気を付けて」

 

 

 

 

 

 

 

駒込村の名主を務めた高木家の屋敷にある、
宝永年間(1704年~1711年)に建築された
藥医門形式の門です。
屋敷は享保2年(1717年)築と伝えられ、
都指定史跡です。
こちらには現在も居住されていますので、
静かに庭を見学しました。

駒込天祖神社は源頼朝が奥州藤原泰衡を追討の時に
霊夢を見て神明宮を建立したのが神社の起源と、
伝えられています。

吉祥寺は長禄2年(1458)太田道灌の江戸城築城の時、
井戸から「吉祥増上」の金印が発見されたことから開山し、
明暦の大火(1657)後、現在地へ移転しました。
十月桜や蝋梅(ろうばい)が咲いていました。
春は枝垂れ桜も綺麗です。

「一富士二鷹三茄子」のナスのお話です。
天栄寺に「駒込土物店跡」の碑があります。
江戸時代からこの境内前で野菜が売られていていました。
この一帯は品質が優れ、特大の「駒込茄子」の産地でした。
ここで、茄子の登場です。
「一富士二鷹三茄子」が揃いました。

参加された皆様、ありがとうございました。
近辺に住んでいても、「知らない場所に案内されたり、
案内人の説明が楽しかった」と嬉しいお言葉をいただきました。

次回は3月25日(土)の桜ツアーです。
お申込みお待ちいたします。

 

研修と下見会 初詣 柴又帝釈天

2023年1月11日(水)10:00~14:30
会員7名参加で、懇親を兼ねての柴又帝釈天へのお参りと下見研修は、
風もなく晴天に恵まれ、ゆったりとした楽しい街歩きになりました。

 

 

 

 

 

 

コースは 帝釈天参道➡柴又帝釈天(題経寺)・邃渓園・彫刻ギャラリー➡山本亭➡柴又公園(矢切の渡し遠望)➡寅さん記念館・山田洋二ミュージアム➡帝釈天参道に戻り、「とらや」で昼食➡ハイカラ横丁

帝釈天の日蓮宗の説話を描いた彫刻に見入ってしまいました。

アメリカの日本庭園専門誌で、評価されている山本亭では
庭園を見ながら、のんびりと日向ぼっこをしました。

寅さんの映画のセット、山田洋次監督のミュージアム、ハイカラ横丁と、しっかり昭和にタイムスリップ、現物を見たり触ったりは迫力がありました。
豊島区を離れて、こんな企画もいいですね。

六義園の紅葉は最高でした!大和郷も紹介しています!

12月3日(土)午前9時30分からの「六義園の紅葉鑑賞と大和郷」ツアー
は集合時間の9時15分から順次に出発をしました。
今回は初めての試みで、3名に1名の案内人が付くという形
で行ったことから、少人数でなごやかに案内が出来ました。

「大名庭園 六義園」は元禄17年に造園された当時から、
小石川後楽園と共に、江戸の2大庭園に数えられていました。
柳沢吉保によって築園され、紀州(現・和歌山県)の和歌の浦の景勝や
和歌に詠まれた名勝を八十八景として映し出しています。
明治時代に岩崎彌太郎の別邸になり、昭和13年に東京市に寄付されました。

写真で、庭園をお楽しみください。

渡月橋

 

 

藤波橋

 

 

 

 

 

つつじ茶屋

 

 

 

 

 

吹上松の雪つり

 

 

 

 

 

六義園を出てレンガ塀の外からも紅葉が美しいです。
日中戦争が始まっている中、国民の体力向上のため、
西部の一角に運動場と体育施設を建設しました。

 

美智子上皇后が1年間通われた、「大和郷幼稚園」前で、
「大和郷」を案内をしています。
大和郷(やまとむら)は大正時代に「大和郷」の名で造成された
分譲地がルーツで、三菱財閥の岩崎家により分譲された住宅地でした。
整然と区画割りされた住宅地は都心の高級住宅のひとつでした。

写真では映し出されない、静けさや錦秋の美しさを
堪能したツアーでした。
次回は2023年1月21日(土)の「初夢ツアー」です。
募集は2023年1月5日(木)から開始します。
参加をお待ちします。

 

 

 

研修会「としま案内人 雑司ヶ谷」の案内人から雑司ヶ谷霊園を!

11月20日(日)10時~11時45分
「としま案内人 雑司ヶ谷」の案内人、3名の方に
当会のメンバー10名が、雑司ヶ谷霊園を案内していただきました。
曇り空の中、雨が降ると中止となることが決まっていたので、
心配でしたが、約2時間充実した時間を持ちました。

佐野利器、夏目漱石、早矢仕有的、東郷青児、竹久夢二、荻野吟子、泉鏡花、ジョン万次郎、大川橋蔵、羽仁もと子、小泉八雲など、当会で希望した墓所
も入れていただき、説明を受けました。

 

荻野吟子は女人禁制とされていた医学校に入学し、
日本医学界に女性進出の道を切りひらいた先駆者でした。
当会で、2021年11月に行なった「巣鴨地域文化創造館」の
文化カレッジ、「染井霊園に見る近代医学を支えた人々」
でも、女医誕生までに重要な役割を果たした「好寿院」経営者、
高階慶徳の墓の案内と共に吟子の苦闘に触れています。

大川橋蔵はフジテレビ系列で放送された「銭形平次」が
有名です。お墓の前でも、話が盛り上がりました。

小泉八雲(パトリック・ラフカディオ・ハーン)は
1890年に来日、松江の島根県尋常中学校に赴任し英語教師に
なり、翻訳・紀行文・再話文学など、約30の著作を遺しました。
雑司ヶ谷霊園には色々な分野の有名人が眠っていて、大変興味を
そそられました。
また個人でも訪問したいです。

「としま案内人 雑司ヶ谷」の案内人の方々、お世話になりました。
案内を楽しそうにされていて、私達も和やかに見学ができました。
ありがとうございました。

駒込図書館主催の染井・西ヶ原周辺の歴史ある神社・寺院をめぐるツアー

11月13日(日)13:00~15:00
駒込図書館主催で、染井・西ヶ原周辺の歴史ある名所、神社、寺院をめぐりながら,図書館の方が関係する本を紹介する、本好きにはとても興味のもてる街あるきでした。

駒込駅前「染井吉野桜記念公園」から駅前の「大国神社」そして妙義神社へ

豊島区最古の「妙義神社」は、太田道灌が平塚城の豊島氏を
攻め、勝利したときに祈願した「勝ち軍の宮」です。
図書館員が本の紹介をしてくれます。
<図書紹介「小説 太田道灌」童門冬二/著>

西福寺には染井の植木屋で、トウカエデの栽培で知られている
伊藤伊兵衛政武の墓があります。

ソメイヨシノ桜の発祥の染井村の鎮守「染井稲荷神社」です。
<図書紹介「染井稲荷神社の由来と染井村」鴻森正三/編著>

江戸六阿弥陀三番の無量寺には、日本文学者のドナルド・キーンのお墓があります。
<図書紹介「私の大事な場所」ドナルド・キーン/著>

平塚神社と平塚亭つるおかです。テレビドラマのロケ地にもなりました。
<図書紹介「波紋 新装版」池波正太郎/著、
「名探偵浅見光彦のニッポン不思議(ミステリアス)紀行」内田康彦/著、「浅見光彦the Complete」浅見光彦俱楽部/著、
「宮沢賢治と東京宇宙」福島泰樹/著>

城官寺山門の額は、田中角栄総理大臣揮毫の「平塚山」の文字が目を引きます。

このツアーでは、駒込に住む方や利用される方など5名の参加者と和気あいあいと街歩きができました。途中、雨にも会いましたが、平塚神社、城官寺では雨も上がり、気持ちよく終了しました。

JICA巣鴨ツアー(英語ガイド)

11月12日(土)は3年ぶりの英語による巣鴨ガイド
ツアーを晴天の中,実施しました。アジアやアフリカ
の国から7名の参加で、来日して間もない方や
巣鴨に初めて来た方も多く、巣鴨ファンになっていた
だく良い機会となりました。

JR巣鴨駅 を出発、ソーラーパネル(アーケード)
⇒真性寺⇒地蔵通り商店街⇒巣鴨地域文化創造館(休憩)
⇒庚申塚⇒JR巣鴨駅まで戻り、解散。

出発前に参加者全員で写真撮影
各グループ毎に出発
地蔵通り商店街で買い物
熱心に説明を聞いています
巣鴨地域文化創造館前にて
お店の方とフランス語で会話

庚申塚から地蔵通り商店街を歩きながら、気になった
食べ物や買い物をしながらJR巣鴨駅まで。参加者から
お団子や大福をご馳走してもらったり、Global Warming
SDGsなどのホットな話題を話したり、楽しい街歩きと
なりました。

次回は12月3日(土)「六義園の紅葉鑑賞と大和郷」に
なります。皆様のご参加をお待ちしてます。

田端文士村ツアー

10月22日(土)は曇りでしたが街歩きには絶好の天気。
参加者の皆さんが予定より早く集まっていただけたので
出発時間の午前10時前に最初のグループがスタート、次
のグループも予定より早く出発できました。

JR駒込駅 東口を出発、谷田川通り⇒中里第二踏切
大龍寺⇒室生犀星旧居⇒のらくろマンホール⇒板谷波山旧居
ポプラ倶楽部⇒区民センター(休憩)⇒東覚寺 ⇒天然自笑軒
芥川龍之介旧居⇒田端文士村記念館までの約2時間のコース。

谷田川通り
山手線最後の踏切 中里第二踏切付近

大龍寺 正岡子規墓前

ポプラ倶楽部前
区民センターで休憩
東覚寺前
サトウハチロー旧居付近

八幡坂、ポプラ坂、与楽寺坂などアップダウンがありまし
たが参加者の皆さんは街歩きを楽しんでいました。

のらくろマンホール      (田端小学校前)

田端文士村記念館では、記念館の方から館内を回りながら
展示物などの丁寧な説明をいただきました。のらくろがデ
ザインされたマンホールカードやパンフレットを記念館よ
りいただき解散となりました。

次回は12月3日(土)「六義園の紅葉鑑賞と大和郷」ツアー
になります。皆様のご参加をお待ちしております。

 

 

地域創生と街歩き

10月4日(火)5日(水)6日(木)の3日間、大正大学の1年生と街歩きを通し、地域づくりへの理解を深める授業に協力をしました。

4日(火) 10:50~16:50  学生13人 先生1人
テーマ 「まちあるきの意義とプランニング」

①学生と 地域の生涯学習団体「としま案内人駒込・巣鴨」の活動紹介
②大学の魅力案内の計画をたて、グループに分かれ、校内を案内人に紹介
③学生がたてたプランに沿って、案内コースの下見

会の紹介
グループごとにプランニング

 

 

 

 

 

学生が校内を案内しながら、魅力を私たちに紹介してくれました。図書館の施設がゆったりとしていることや蔵書が多岐にわたるのも、伝わりました。振り返りでは知識が必要、時間が設定どおりにいかなかった等、の発言がありました。

案内人と東京種苗株式会社を下見
藤堂家墓所
本郷学園

5日(水) 10:00~16:50 学生14人 先生1人
テーマ 「まちあるき案内の技術と方法論」

①大正大学から前日下見をしたコースに沿って街歩き
②班ごとに振り返り
③講義「まちあるき案内の技術と方法論」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雨の中、案内ポイントの五ヶ所は大学生が案内し、他は案内人がガイドをしました。自分たちの目線でのレポートなど興味深いガイドでした。

調べたことをガイドするのは難しい

 

 

 

 

 

 

午後は班ごとに全体の振り返りを実施。発表ではコースにある「福島屋」さんの食レポもありました。下見の大切さも伝わったと思います。

第一印象を大切に

 

 

 

 

 

 

午後は講義で、「まちあるき案内の技術と方法論」です。
覚えてもらう自己紹介 、ストーリー性のある自己紹介で
自己紹介の重要性を伝えました。ガイドテクニックや
活舌を磨こうなど、とても興味深い講義でした。

10月6日(木)13:20~16:50  学生14人 先生1人
テーマ 「まちあるき学習と地域づくりへの展開」

①学生の発表会と質疑応答
②講義 「駒込地区の地域づくり」

 

午前中に発表会の準備をしました

 

 

 

 

 

 

 

パワーポイントを使っての手際の良い発表や学習には案内人が感心していました。

地域創生の課題、この街をどうしたいのか

学生の発表に続き、駒込に住んでいる案内人が現在の巣鴨・駒込の姿や地形などを紹介しながら、地域に根差した、駒込の街づくりの講義をしました。
地域の人々の気持ちが一つになることで、地域の良い環境が作れるようになるなどの感想も聞かれました。

今回の授業では学生の発想や視点の違いからヒントを得たところもあり、これからも若い人達と接する機会も持ちたいと思っています。
コロナ禍で3年間、大学生との交流ができませんでしたが、地域学習の発表の場を提供して頂いた大正大学と先生に感謝しています。まち歩きの面白さと意義を実感できたのではないでしょうか。

 

 

染井霊園周辺に女性史を見る

9月10日(土)・11日(日)10:00~12:00
[巣鴨地域文化創造館 地域文化講座] 当会のメンバーが講師を務め、会の定番コースの中のにある「染井霊園」に眠る女性や居住していた女性を取り上げました。

江戸から明治、大正、昭和と時代が大きく動く中、いくつもの障害に出会いながらも、自立を目指した多くの女性にスポットをあて、染井霊園とその周辺を通して、これらの有名、無名の女性達の姿をご紹介しました。

1.江戸・明治・大正・昭和の女性史-権利獲得の歴史-

 

 

 

 

 

2、土方梅子 染井霊園に眠に眠る築地小劇場の舞台衣装家

大正時代「築地小劇場」を創設した演出家、土方与志の妻で舞台衣装家として、活躍をしました。
文学や演劇などへの偏見や検閲、太平洋戦争の勃発などの時代に演劇を作ることに情熱を注いだ二人の情熱が伝わりました。

3、青踏の女性達 巣鴨・駒込で女性の自立を謳う

【青踏】は平塚らいてう等5人の女性が発起人となり、明治44年から大正5年まで発行された、日本初の「女性による女性のための月刊誌」でした。駒込・巣鴨の地にも「青鞜社」が置かれ、平塚らいてう、伊藤野枝らが住むなど、身近な彼女たちの足跡をご紹介しました。

11日(日)は染井霊園に眠る,明治から昭和にかけて活躍した女性を取り上げ、案内をしました。

霊園ルート 本妙寺「千葉さな」→慈眼寺「比翼塚」→五島美代子→勝林寺→ケイト・ヤングマン→専修院→津田琴子(上野栄三郎)→荻野吟子(高階経徳)→楠本イネ(高良斎)→若松賤子福田英子土方梅子長沼千恵子→伊藤熹朔・千田是也→ローダスカ・ワイリック→高岩寺で解散です

本妙寺

 

 

 

 

 

 

本妙寺には北辰一刀流、千葉周作のお墓がある。弟の定吉の娘さな子は
10代で免許皆伝になる美貌の女剣士。坂本龍馬と婚約も。さな子は一生独身を通し、晩年は千葉鍼治院で生計を立てていた。お墓は甲府。

五島美代子

 

 

五島美代子(明治31年~昭和53年)は歌人で、1959年より美智子妃の
御歌指南。同墓所に眠る美代子の母、五島千代槌は、巣鴨にあった明治女学校を卒業、教鞭も取り、その後巣鴨に晩香女学校を設立。

 

ケイト・ヤングマン

 

ケイト・ヤングマンは明治6年アメリカから来日した宣教師。
ハンセン病施設「目黒慰廃園」を設立した。

若松 賤子

 

 

 

 

 

 

若松賤子は明治4年、宣教師のメアリー・エディ・キダーの英語塾(後のフェリス女学院)に入塾。バーネットの「小公子」「小公女」を翻訳した。夫の巌本善治は明治女学校の校長。賤子は「明治女学校」で教鞭を執った。

 

 

 

 

 

 

 

土方梅子は日本初の新劇の常設劇場、築地小劇場(大正13年)の創設者で
演出家、土方与志の妻で、舞台衣装を手掛けた。その波乱の人生も座学で紹介。

長沼智恵子

 

 

 

 

 

 

長沼智恵子は後に高村光太郎の妻、明治44年に「青踏」の表紙絵を描いた。

二日間で、駒込周辺に居住していた女性の文化人や、染井霊園に眠るあまり知られていない女性を、深堀して講演をしました。
参加者からは「まだ、知らないことが多かった」「詳しく分かって良かった」など色々感想を頂き、嬉しく思っています。

次回は「田端文士村を訪ねる」です。10月1日(土)から告知と募集をします。ハガキとホームページからもお申し込みができます。
ご応募お待ちしています。

飛鳥山の紫陽花と旧古河庭園のバラを訪ねる

2022年6月4日(土)。今年3月に催行したお花見ツアーに続いて、
2回目のガイドツアーです。お客様は13名。
今回は大正大学から2名の大学生がボランティアガイドに参加しています。

梅雨の合間の晴天が私たちを迎えてくれました。
旧古河庭園から飛鳥山公園まで、10時から約2時間の行程です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

庭師がお仕事中

 

 



バラの最盛期は過ぎていましたが、二番花がきれいに咲いています。
旧古河庭園は足尾銅山などの鉱山経営で財をなした、明治の財閥、古河家が造った庭園です。和と洋が其々独立した庭を造りながら、全体に調和がとられています。

4,5人のグループが3班に分かれて、それぞれにガイドをしています。少人数なので、歩きながらの会話も弾みました。
この庭園は「水」「石」「木」をバランスよく配置することで自然の雄大さや繊細さを表しています。当時の日本で最高の庭師と言われた7代目小川治兵衛がコンドルの洋館と共存するように作庭した池泉築山回遊式日本庭園です。

平塚神社

 

 

 

 

 

 

 

 

日陰を選んで、ガイドです。
平塚明神縁起絵巻によると、義家(八幡太郎)、義綱、義光(新羅三郎)兄弟が奥州凱陣の時、平塚城に逗留し、接待に感謝した義家が、十一面観音像と鎧を下賜(かし)したことが描かれています。

「平塚」の地名は義家が没した後、城の鎮護のため、拝領した鎧を埋納し、平らな塚の社を築いたことからといわれています。

女性像の散水塔

 

 

 

 

 

 

 

 

これは何だろうと、見上げています。女性像の上の方から、火事の時などに散水します。
滝野川公園は体育館や防災センターを作る工事の際、先土器時代から江戸時代までの複合遺跡が発見されたところです。現在、この周辺は防災センター、消防署、警察署、病院、体育館があり、滝野川公園を含めたこの一帯が総合的な防災拠点になっています。

七社神社

 

 

 

 

 

 

ガイドも茅の輪くぐりをして、穢れを祓っています。
七社神社は江戸時代には無量寺境内の裏山(旧古河庭園付近)にあり、七社(ななやしろ)として祀られていたといいます。
写真は夏越の大祓(なごしのおおはらえ)で、半年の間に、積もった罪と穢(けがれ)を払うという、茅の輪くぐりをしています。

 

 

 

 

 

 

資料も広げて、分かりやすく話をしています。
ここから旧渋沢庭園・渋沢家飛鳥山邸です。28,000㎡の広さの庭に日本館・洋館・茶室などいろいろな建物がありました。多くは昭和20年の空襲で焼失してしまいました。

皆さん、ステンドグラスを見てください!

 

 

 

 

 

 

 

青淵文庫は書庫として、渋沢栄一 の理念に共鳴した経済人らが組織した、
竜門社が1925年(大正14年)に栄一の傘寿と子爵に昇格したことを祝って、
贈呈しました。銅製の書棚などが備わっています。

茶席「無心庵」跡

 

 

 

 

 

 

 

 

今は茶席は昭和20年の空襲で、焼失していますが、明治32年(1899)に京都裏千家の茶席などを参考にして建てられていました。茶席の他に広間も設けられ、伝統的な中に新しい時代の茶席を感じさせたようです。
栄一は、静岡から東京に戻ってきた徳川慶喜と明治新政府の伊藤博文らをここで対面させて慶喜の名誉回復を図ったという逸話が残っています。

徳川吉宗の絵を掲げて

 

 

 

 

 

 

飛鳥山の碑を遠くに見て、案内をしています。
飛鳥山の碑は都の史跡に指定されていて、8代将軍吉宗が飛鳥山一帯を整備し、行楽地として庶民に解放した経緯などが記されています。桜の名所として付近に茶屋も出来ました。

飛鳥山公園は明治6年(1873)、わが国初の公園の一つとして、浅草・芝・上野・深川公園と共に認定されています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

飛鳥の小径は350メートルの細い道に50種、約1300株の紫陽花が植えられています。
ツアーはここで、自由散策となり解散です。

応募して下さいました皆様、ありがとうございました。
このツアーのお客様には「としま案内人雑司ヶ谷」の方など多方面からの方々が参加してくださいました。
参加して下さった方の感想は、
「このツアーは人数が制限されていて、話も聴きやすく安全・安心」
「ガイドスタッフに若い方が多く、元気よく活動できているので羨ましいです。」
「ボランティアガイドとしての誇りをもち、楽しんで説明していることが伝わって    くる、聞いていて楽しくなるような素敵なツアーでした。」
など、嬉しいお声が頂けました。

次回は10月の「田端文士村を訪ねる」です。
私達ガイドは今から資料集め、下見などを重ねて準備をしています。
皆さんが楽しめるように練習!練習!です。