2024年4月27日(土)10:00~2:30 🌂/⛅
『中山道を歩く』その1 日本橋から本郷へ
【コース】三越前駅B5出口(集合)→日本橋→交通博物館跡(休憩)→神田明神→本郷
小雨の中、52名の方にご参加いただき、5班編成でのツアーとなりました。
江戸時代から五街道の起点とされた日本橋
日本橋川の北岸には魚河岸もあり大いに賑わいました。今日はここから中山道を本郷まで歩きます。
三越の横から地下に入り「熈代勝覧」を見学しました。200年前の日本橋から今川橋までの通りを描いた絵巻には1671人の老若男女と犬20匹、馬13頭、牛4頭、猿1匹、鷹2羽が、三越の前身三井越後屋も描かれています。作者不明の絵巻はベルリン国立アジア美術館に収蔵されています。
地上に戻り、マンダリン オリエンタル東京を過ぎて右に行く道は旧日光街道・奥州街道です。
角の海老沢美術店に「十軒店跡」の石碑があります。雛人形や武者人形、羽子板市で賑わったところです。
その先には長崎屋跡がありました。ここは長崎出島から江戸に来るオランダ人の定宿でした。案内板には長崎屋を描いた北斎の画。
神田堀(別名八丁堀、龍閑川)に架けられた今川橋。昭和25年、川は埋め立てられ橋も解体されました。名主今川善右衛門の尽力で架けられたので橋に名前がつきました。今川焼きはこの橋の名が由来とか。
神田駅は1919年開業の鉄筋コンクリート造りの高架駅で表面を赤レンガで覆っているそうです。
神田駅周辺には、神田青果市場や千葉周作の玄武館(神田お玉が池)がありました。ちなみに千葉周作のお墓は巣鴨の本妙寺にあります。
また、須田町1丁目付近には戦火を免れた東京都選定歴史建造物「神田まつや」「竹むら」「いせ源」などがあります。
交通博物館跡には、万世橋駅がありました。辰野金吾設計の豪華な赤レンガ造りで、明治45年開業しましたが、関東大震災で焼失しました。昭和11年に移転してきた交通博物館も平成18年に閉館しました。現在、神田万世橋マチエキュートになり、ショップやレストランなどがあり休息できる場所になっています。(トイレ休憩場所)
昌平橋を渡って、東橋詰広場に来ました。
神田川には江戸時代、左手万世橋駅があった辺りに筋違橋が架かっていました。
この辺りは神田旅籠町と呼ばれ旅籠が多くありましたが、幕末にはほとんどなくなり替わりに問屋などが増えて商人の町になりました。
神田明神へ向かう途中に五代将軍綱吉が作った湯島聖堂の塀と門が見えてきました。1797年幕府は聖堂内に昌平坂学問所を開設しました。
神田明神 正式名称は神田神社
ご祭神は 大己貴命(だいこく様)
少彦名命(えびす様)
平将門命(平将門公)
東京の中心108町会の氏神様 神田明神ホームページより
神田明神に銭形平次の碑がありました。銭形平次は野村胡堂の「銭形平次捕物控」の主人公で神田明神下に住んでいます。
大川橋蔵主演のテレビドラマは史上最長の全888話放送され、ギネスブックで世界記録に認定されています。
今日は運よく、御神輿を見ることができました。
天野屋さんの横の旧道を歩きました。
昌平橋からの坂道で少し疲れてきましたが、この先は平らな道が続きます。水分補給しながらもう少し歩きましょう。
頑張りました。今日の目的地 かねやす前です。「本郷もかねやすまでは江戸のうち」と言われたところ、中山道を行く旅人はここからが旅の始まりと感じたことでしょう。
私たちは今日はここが終点です。
皆さん中山道は楽しんでいただけましたか?
説明を熱心に聞いてもらったことは、とても励みになりました。
また、次の第二弾を楽しみにしてる方もいらっしゃいました。皆様、乞うご期待下さい。
今日のツアーを無事に終えることができました。
ご参加いただいた皆様、ご協力ありがとうございました。
「中山道を歩く その2」実施日はまだ未定ですが秋がいいですね。
決まり次第、広報としま、ホームページ等でお知らせします。
日本橋から板橋まで
『中山道を歩く』シリーズ
★その1 日本橋から本郷(令和6年4月27日)
★その2 本郷から巣鴨(令和6年秋頃の予定)
★その3 巣鴨から西巣鴨(開催日未定)
★その4 西巣鴨から板橋(開催日未定)
出典:国立国会図書館「錦絵でたのしむ江戸の名所」 (https://www.ndl.go.jp/landmarks/)