Webで1年間の活動を発表しました

としまNPO推進協議会の主催の「第14回社会貢献活動見本市」に参加をしました。
例年は豊島区役所のとしまセンタースクエアで開催されています。
今年は2月29日に開催予定でしたがコロナウイルスの感染防止ということから、8月22日にYouTubeでライブ配信となりました。
私たち「としま案内人 駒込・巣鴨」の発表は午後1時から配信されました。

 準備OK!

残念ですが、トラブルで配信されていません

 

 

司会者が紹介中! 1年間の活動をパネルに!

トラブルで配信が途中で切れてしまいました

 

 

 

会の紹介 頑張って!

 

 

当会は豊島区の東部にある駒込、巣鴨、その近隣地区を中心に、街歩きガイドをしています。会員は29名で男女ほぼ同じぐらいです。平均年齢は約67歳で、シニアライフを楽しみながらボランティアガイドをしています。

現在は「街歩きツアーガイド」は中止させて頂いていますが、会員のスキルアップや新コースの作成、資料の見直し等、三密を避けながら活動をしています。

次回の「街歩きツアー」はこの状況から、予定がたてられていません。
決定しましたら、詳細をお知らせしますので、その時までお待ちください。早く今までの日常が戻りますように 🙏

豊島区立清和小学校4年生への授業協力をしました

7月29日(水)10時30分から小森先生のクラス・  11時20分から木村先生のクラスで、地域学習授業のお手伝いをしました。
コロナウイルスの感染が広まっている中でしたので、案内人は最少人数の3人での参加です。

4年1組と2組の地域学習授業で巣鴨の歴史やお寺・街道などのお話をしました。

巣鴨駅は常磐線の終点の田端駅と目白駅(品川線 川口~品川)を結ぶ新路線の駅として1903年に開設されました。

まだ、駒込駅は出来ていません
池袋駅・巣鴨駅・大塚駅があります

現在の地蔵通りは江戸時代は日本橋から京都三条大橋をつなぐ中山道の一部です。中山道を京都をめざして、日本橋を夜明けに出発すると1里半(6Km)にある巣鴨は旅人が休憩する場所でした。

眞性寺はこの地域で最も古いお寺で、中山道の玄関口にありました。400年の歴史があります。地藏坊正元が病気平癒を祈った、この寺の地蔵菩薩坐像は、お地蔵への感謝の気持ちから建立されました。一万人以上の寄進が集まったことが台座に書かれた名前や地蔵の中から出てきたお札によって分かりました。江戸六地蔵の三番目の巡拝地とされ、江戸時代に中山道を下る旅人はお地蔵様に旅の安全を祈りました。

高岩寺(とげぬき地蔵)は江戸時代、神田から上野に移り、明治24年に現在地に移転しました。体と心に刺さったトゲを抜くというご利益があるとされています。
入り口左側にある聖観音像は、明暦の大火で妻を亡くした「屋根屋喜平治」がその供養のために寄進をしました。

巣鴨庚申塚・猿田彦神社は創建から約500年経っています。江戸時代は「庚申講」が江戸中で流行っていて、この信仰で庚申塔が造立されました。

庚申信仰は人間が生まれた時から三尸虫(さんしのむし)が体内に宿っていると伝えられていました。三尸虫は60日ごとにやってくる「庚申の日」(こうしんのひ)に取りつかれている人間が眠ると、天帝に罪悪を伝え出て、その人は百から千日くらい、寿命が縮むといわれていました。その為に庚申の日に眠らないという風習が生まれました。

今回の授業協力で生徒の皆さんから63通ものお手紙をいただきました。たいへん嬉しいです。 ありがとうございます。その中から4通をこの欄に載せさせていただきました。

R.Tさん
Y.Yさん
H.Yさん

 

Y.Mさん

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

案内人の感想です

子供たちが分かる言葉で、お話をするのが難しかったです。
子供の感覚にピントを合わせるまで、少し時間がかかりました。
新しいお祭りなど色々行われているので、私達ガイドも情報収集が必要と感じました。
生徒さんからのお手紙を参考に子供たちにもアピールできる案内を、考えていきたいと思っています。

 

「染井よしの桜の里公園」のお花と「旧古河庭園」・「飛鳥山」

5月24日に初夏を感じさせる駒込の「染井よしの桜の里公園」の草花の写真を撮りました。外出を自粛している間に花々は桜からサツキ・バラ・紫陽花へと移っていきました。

 

6月3日 六義園です

   

 

6月8日 旧古河庭園のお花です

   

6月8日 飛鳥山のお花です

 

 

 

新型コロナウイルス感染症の感染状況から当会も「街歩きツアー」や各種の講座等を中止してきました。まだ、
今年の「街歩きツアー」の予定は決まっていませんが、早く今まで通りの活動ができるようにと考えています。

駒込は江戸時代に園芸の里として発展し、染井通りの一帯は植木屋が集まって住んでいた地域として有名です。
「染井よしの桜の里公園」は、銀行の跡地を利用し、近隣住民の皆さん方が
手入れをしながら利用している公園です。
公園の隣の土地には苗床があり、住民の皆さんなどが協力し、地元のソメイヨシノの枝を接いだ接木苗を栽培しています。成長したら区内の施設だけでなく全国へと送り出しています。

これからも駒込地域を中心に、少し足を延ばした街歩きツアーも計画していきますので、「街歩きツアー」の参加、よろしくお願いします。

 

ソメイヨシノお花見ツアーをネットで🎶

3月に開催を予定していました、当会主催の「ソメイヨシノお花見ツアー」は新型コロナウイルスの感染が拡大していることから、ツアーを中止させていただきました。今回は会員が一人で桜ツアーを敢行しましたので、「ソメイヨシノ お花見ツアー」を少しでも感じていただければ嬉しいです。

妙義神社⇒駒込小学校⇒門と蔵のある広場⇒西福寺⇒染井稲荷神社⇒染井よしの桜の里公園⇒染井霊園⇒長池の桜

 染井吉野桜記念公園から出発です

妙義神社です。豊島区で最も古い歴史のある神社で、戦国時代には、
関東管領の上杉氏の一族の家来として活躍した、太田道灌もこの神社で先勝祈願をし、勝利したと言われています。

門と蔵のある広場は江戸時代に植木屋だった丹羽家の土地が広場になっています。

” 私の庭みんなの庭”にもソメイヨシノが!

駒込小学校から西福寺へ向かう通りの桜は見事です。
来年はご一緒しましょう‼

 

 西福寺です。

 

 染井霊園には約100本の桜があります。

ローダスカ・ワイリック。宣教のために来日したアメリカ人で
ハンセン氏病者への励ましと介護をした人です。
学習院、東京府立第四中学校で英語を教えていました。

今年は桜がずいぶん早く咲いてしまった、と思っていたら雪が降り、
寒い日が続いていて、桜の花もまだまだ枯れずに頑張ってくれています。
残念なことに、今年は新型コロナウイルスの感染が拡大していて、お花見
は充分に楽しめませんが、私は窓からのぞく空の景色や雪の景色、買い物途中の公園の桜を楽しんでいます。皆様、次回のツアーはまだ確定していませが、予定が決まりましたらこのページでお知らせをいたします。もう少し、おまちください(*^_^*)

史跡めぐりクラブの方々をご案内

2月19日(水)
さいたま市が主催するシニア大学
「さいたま市ユニバーシティ大宮校」の16期史跡めぐりクラブの
皆さま13名を巣鴨地蔵通りから染井霊園・近隣寺院に御案内をしまた。

10:00 JR巣鴨駅正面口⇒真性寺⇒高岩寺⇒庚申塚⇒豊島青果市場⇒本妙寺(明暦の大火供養塔・遠山金四郎・千葉周作)⇒慈眼寺(芥川龍之介・谷崎潤一郎)⇒染井霊園(若槻礼次郎・二葉亭四迷・藤堂家墓所・幣原喜重郎・外人墓地・高村光雲光太郎智恵子)⇒巣鴨駅11:50のコースです。

地蔵通り商店街アーケードのソーラーパネルを解説中。
とげぬき地蔵「御影」の”いわれ”を説明しています。
巣鴨庚申塚の猿田彦大神や他のお話を詳しく説明。
本妙寺では明暦の大火供養塔・遠山金四郎・千葉周作の墓をまわりました。
高村光太郎・智恵子・高村光雲のお墓の前で高村家の家族や時代背景のお話。
天候にも恵まれ、楽しくガイドさせていただきました。
当会では色々なコースを準備しています。お申し込みはホームページの団体ガイド申込書ダウンロードの欄からどうぞ。

巣鴨地域文化創造館主催の文化カレッジ

1月26日(日)2月2日(日)に巣鴨地域文化創造館主催の文化カレッジが開かれました。テーマは日本の女子高等教育の先駆け「明治女学校を学ぼう」です。

 

 

1回目の講演会は明治女学校が果たした役割や、与えた影響などをガイドメンバーが各々のテーマに分かれて発表をしました。

滝乃川学園の米川館長にも御挨拶を頂きました。

明治女学校跡地
明治女学校跡地
西方寺

2回目は明治女学に関わる場所を訪ねる街歩きツアーです。明治女学校のキャンパスがあった庚申塚の石碑の前でガイドトーク、そして滝野川学園の跡地を経由し、染井霊園で明治女学校の2代目校長だった岩本善治の墓地を訪ねて巣鴨高岩寺で解散をしました。

アンケートにも皆さん快く応じていただき、今回の講座と街歩きに、「とても満足した、また続編をお願したい」など、とても嬉しいコメントをいただきました。またこれからも研究して、喜んでいただける講座を心がけていきます。

JICA 主催のイベント 餅つき招待されました

2020.1.26 JICA主催の餅つきイベントに招待をうけ、幡ヶ谷にある研修員滞在施設のイベント会場に、会員7人が参加しました。
皆ハッピを着て、杵を振り上げて餅つきを体験。

参加者はコートジボアール、アフガニスタン他、外国の研修員、日本からも中学生親子が参加、皆様と歓談しました。中には何カ国後も話せる女性やメディア関係の研修で来日し、皇居、渋谷のNHK、大阪のNHKに行くという女性もいました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

イスラム教の方々の食べられるきな粉、餡子が用意されていてました。一緒に美味しくいただきました。

新春初夢 駒込の「一富士二鷹三茄子を巡る」

1月17日(金)・1月18日(土)の両日、駒込から吉祥寺まで、2時間で富士山と鷹、ナスを見つけにスタートです。
17日は天気予報に反して日差しも時折みられる、1月にしては歩きやすい日でした。
18日は雪が舞う中、駒込地域創造館でパネルを使いコースの説明を済ませてから出発しました。

 

 日枝神社は慶長年間以前に開かれました

本郷丹後守の屋敷があった所に木戸孝允(桂小五郎)が別邸を構え、明治天皇が二回見舞ったことで碑があります。現在はマンションが建っていますが、庭の一部の池が残っていますので、チョット覗いています。

    

江戸時代に流行した富士講の信仰対象として富士塚・富士神社があります。本郷に造られた富士神社が、明暦の大火後、ここに移転してきました。
富士の山開きには富士講の代表者が富士登山に向かい、残りの人達がこの富士塚に登ることが恒例となっていました。

富士神社内にある駒込茄子の紹介文

駒込なす」はとても良い物がとれました

駒込の名主屋敷はこの地域を開拓した高木将監(たかぎしょうげん)の子孫で、名代々名主だった高木家の屋敷です。門は薬医門で特徴は屋根の中心の棟が、前の柱と後ろの柱の中間(等距離)になく、やや前方に位置しています。
大きな門扉の隣に出入りが簡単な木戸があり、通常はここを利用していました。この門は宝永年間(1704~10)の建築です。

 

駒込天祖神社と御鷹匠屋敷
天祖神社裏門の鳥居脇に鷹匠が奉納した石碑があります。御鷹匠屋敷は今の駒込病院辺りです。江戸時代に行われたお鷹狩りは家臣の軍事訓練やお百姓の生活の視察、近隣諸国の偵察など多くの目的もありました。

   

吉祥寺(諏訪山栴檀林吉祥寺)は曹洞宗の寺院です。中央線の吉祥寺駅辺りの地名は、吉祥寺(諏訪山栴檀林吉祥寺)が水道橋から現在の場所に移された時、檀家が数多く立ち退かされて江戸近郊に移り住み、その地域に吉祥寺の名前が付きました。

太田道灌からの歴史ある寺ですが、東京大空襲で山門と経堂以外は焼失しました。
境内には二宮尊徳・江戸南町奉行 鳥居耀蔵・榎本武揚のお墓、お七と吉三の比翼塚などがあります。

皆様、17日は少し早めの歩調でしたので、お疲れになったかと思います。申し訳ありませんでした。来年の初夢ツアーは少しコースを見直しての募集を考えています。
18日は雪や雨の降る寒い中を、ご参加いただきありがとうございました。

次回は3月27日(金)28日(土)に「お花見ツアー」を開催します。募集は「広報としま」や「ホームページ」でお知らせをします。チラシは「駒込地域文化創造館」「巣鴨地域文化創造館」に置く予定です。
ご応募お待ちいたします。

 

新年おめでとうございます

皆様、本年もこのホームページをご覧いただきありがとうございます
“としま案内人 駒込・巣鴨”は本年も「定番コース」をリニューアルしたり、
「新しい街歩きコース」を企画して、皆様に楽しんで頂けるように活動して
いきます
皆様、本年もどうぞよろしくお願いいたします

会員の故郷から見た富士山

皆様のご健康とご多幸をお祈りいたします