新春初夢 駒込の「一富士二鷹三茄子を巡る」

1月17日(金)・1月18日(土)の両日、駒込から吉祥寺まで、2時間で富士山と鷹、ナスを見つけにスタートです。
17日は天気予報に反して日差しも時折みられる、1月にしては歩きやすい日でした。
18日は雪が舞う中、駒込地域創造館でパネルを使いコースの説明を済ませてから出発しました。

 

 日枝神社は慶長年間以前に開かれました

本郷丹後守の屋敷があった所に木戸孝允(桂小五郎)が別邸を構え、明治天皇が二回見舞ったことで碑があります。現在はマンションが建っていますが、庭の一部の池が残っていますので、チョット覗いています。

    

江戸時代に流行した富士講の信仰対象として富士塚・富士神社があります。本郷に造られた富士神社が、明暦の大火後、ここに移転してきました。
富士の山開きには富士講の代表者が富士登山に向かい、残りの人達がこの富士塚に登ることが恒例となっていました。

富士神社内にある駒込茄子の紹介文

駒込なす」はとても良い物がとれました

駒込の名主屋敷はこの地域を開拓した高木将監(たかぎしょうげん)の子孫で、名代々名主だった高木家の屋敷です。門は薬医門で特徴は屋根の中心の棟が、前の柱と後ろの柱の中間(等距離)になく、やや前方に位置しています。
大きな門扉の隣に出入りが簡単な木戸があり、通常はここを利用していました。この門は宝永年間(1704~10)の建築です。

 

駒込天祖神社と御鷹匠屋敷
天祖神社裏門の鳥居脇に鷹匠が奉納した石碑があります。御鷹匠屋敷は今の駒込病院辺りです。江戸時代に行われたお鷹狩りは家臣の軍事訓練やお百姓の生活の視察、近隣諸国の偵察など多くの目的もありました。

   

吉祥寺(諏訪山栴檀林吉祥寺)は曹洞宗の寺院です。中央線の吉祥寺駅辺りの地名は、吉祥寺(諏訪山栴檀林吉祥寺)が水道橋から現在の場所に移された時、檀家が数多く立ち退かされて江戸近郊に移り住み、その地域に吉祥寺の名前が付きました。

太田道灌からの歴史ある寺ですが、東京大空襲で山門と経堂以外は焼失しました。
境内には二宮尊徳・江戸南町奉行 鳥居耀蔵・榎本武揚のお墓、お七と吉三の比翼塚などがあります。

皆様、17日は少し早めの歩調でしたので、お疲れになったかと思います。申し訳ありませんでした。来年の初夢ツアーは少しコースを見直しての募集を考えています。
18日は雪や雨の降る寒い中を、ご参加いただきありがとうございました。

次回は3月27日(金)28日(土)に「お花見ツアー」を開催します。募集は「広報としま」や「ホームページ」でお知らせをします。チラシは「駒込地域文化創造館」「巣鴨地域文化創造館」に置く予定です。
ご応募お待ちいたします。